弁護士ラベンダー読書日記

札幌弁護士会所属・弁護士田端綾子の読書日記

保坂和志「カンバセイション・ピース」

カンバセイション・ピース
下書きが溜まってるので放出1。
途中まで読んでは放置して冬になって、この本は夏に読みたい感じなので夏にまたはじめから読み返してというのを3年くらい!繰り返して、ようやく読み終わりました。あわただしい気持ちのときには読めない本なので放置しがちになりました。人知れず白血病で死んでいくとかげ。私が雲を見るとき見るは雲によってもたらされている。神の不在と神がいるべき空欄。テルトゥリアヌスの矛盾そのものの言葉。ときて、「具体的であることは同時に抽象的だということでもあって、具体的というのはただの物理的な次元では収まりきらないこととして、抽象的であることと同じ次元での観点の違いにすぎないのではないか。というか、だから抽象はつねにいつも確固として人の頭の中にあるのではなくて、具体的なものがなければ抽象もなく、具体的なものが具体的なものとして物理的な次元をこえて人の気持ちをとらえることができるのは抽象が立ち上がっているからで、そのとき猫のポッコたちも「よく眠ってる」という声も言い尽くしがたい厚みを持つ…。それゆえ、いま綾子が実際に「よく眠ってる」と声に出して言っていなかったのだとしても言ったのと同じことになるのだれど(きっと)、チャーちゃんの不在を救うにはまだ至っていなかった。」この文章、これだけでは全然意味不明だと思うんですが、ここまでの語りの中でここに行き着くと言わんとすることがすごくわかるし、この回りくどい語りでないと表現できない境地で、しかもここでまた「チャーちゃん」かとあきれつつ胸打たれる思いがします。この部分からラストまでは、それまでのだらだら語りが嘘のように意味が凝縮されていて、でもここから最後までだけで十分ということはなくて、この凝縮のためにはだらだら語りも欠かせない前提でとにかくこの本はすごいのです(文章が意味不明風味なのは真似っこです)。存在と不在の境界があいまいになるというテーマは、宮沢賢治のオホーツク挽歌の雰囲気を思い出しました。