弁護士ラベンダー読書日記

札幌弁護士会所属・弁護士田端綾子の読書日記

女性弁護士考2

・「女性弁護士考1
身の回りで微妙に反響のあった記事に、ある方とのやりとりで深めた内容を、ちょっと寝かせて、もうひとこと。
・言いたかったことをかみくだくと…、「嫌われないで誰からも好かれたい」のまま無意識に生きて仕事してると無難な「お嬢さん芸」で終わります、人生的にそっち路線をあえて採るなら別にいいけど、無意識に行く人には、ちょっと待ってと言いたい、理想としては女の道と弁護士の道で顔を使い分けてうまくやりましょう、マキャベリ的にいうと、同じ場面での両立にはたぐいまれな力量が要るとしても、場面ごとに顔を使い分けるのなら、もうすこしやりやすいのではないでしょうか、という感じです。「お嬢さん芸弁護士」とは誰のこと?とかはナシで。
・あと、「女性には周囲から期待される役割の呪縛があるから…」という反応があったのですが、「○○に縛られる」というのはよくある言い回しといえ、第三者のことを評していうならともかく、自分のことをいう文脈では、被害者っぽいというか他人本位っぽいのが好ましくありません。「私の幸福論」で福田恒存が、「騙されたではなく間違えたと言え」と書いていました。そういう観点からは、「縛られる」ではなく「従う」「受け入れる」といえないでしょうか。つまり「縛られている」状態とは、当人を起点として考えると、「従って(しまって)いる私」「受け入れて(しまって)いる私」にほかならないのです。
・周囲の環境の問題は環境の問題として存在するとして、環境に対する応答態度は当人自身の問題です。女性の役割として期待される一定のふるまいというのが、世の中にたしかにあるわけですが、それに無意識に応答しつづけて、「わたし呪縛されてるかも」とか言うのではなく、その期待感の正体を見抜いて、期待を逆手にとったり、ときに期待をぶちこわしたりなど、うまくあしらってみてはどうでしょうか。