弁護士ラベンダー読書日記

札幌弁護士会所属・弁護士田端綾子の読書日記

保坂和志「魚は海の中で眠れるが鳥は空の中では眠れない」

魚は海の中で眠れるが鳥は空の中では眠れない
2012年05月14日(月)「この数日、保坂のエッセイ集よんでるんだけど、あらゆる文章が意味不明風味なのに意味が直接脳に入ってくる感じがしてドキドキしていっぺんによみすすめられない。全部引用して、ね、ね、意味不明でしょ!ってやりたいくらい。」
と5月に書いてから、ほんとに刺激の強さになかなか読み進められなくて、ようやく読了。
なんだろうこの感覚…。
これ、前も書いたかな? 高校3年で受験勉強してた秋ころ、一橋は英文が超長文問題なので、たくさんの英文を読みまくってたあるとき、単語をいちいち和訳しなくても、英文をアタマから読み下すだけで文章の意味がつかめるようになった瞬間があって「いま、脳の構造が英語対応に組み替わったな」と分かったんだよね。
そのときの脳の組み替えに似た感覚なんだけど、保坂の文章って、文章自体は単語や文脈を追っても意味不明なのに、文章の表現しうる意味を超えた意味のかたまりが脳にじかに入ってくる…。というか、結局、↑のツイートと同じことしか書いてないな。
しかも、この本、帯に「こいつ、何言ってんだ?!」って書いてあるんだよー。この意味不明さは確信的なんだよね…。
そんなわけで、特にドキドキした箇所のページのはしを折りながら読んでいたら折り目だらけに。
このひとが魂や神について書いてるのを読むといつも、「カンバセイション・ピース」に出てきたテルトゥリアヌスの「不合理ゆえにわれ信ず」と、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」での問答がつながって思い出されて、そのときの脳の感覚も、なんかヤバイ、これ、どっかいっちゃうかも?!という感じになる。
で、いま、これを書きながら保坂さんのほぼ日での対談のこの部分を読みかえしたら、やっぱりへんなふうに興奮してきちゃって、この対談の文章を貼り付けたくなったけど我慢。
ところで、家では保坂さんの最新刊の「カフカ的練習帳」を、これまたゆっくり読んでるんだけど、↑の対談で語っている「両端を結びつける」の作業を「カフカ的練習帳」ではきっとあえて放棄していて、端と端をほうりだして、読者のアタマで勝手に結びつけよ、という試みなんだろうなーと思いました。
カフカ的練習帳」を読み終えるのはいつになるのかわからないのでちょっとこのことも書いておくと、「魚は海の中では…」を読み終わる前に「カフカ的練習帳」も読み始めて、しばらく二冊を平行して読んでいたんだけど、読みながら、宮澤賢治中勘助の書いた断片を読んでたときの心持ちを思い出していた。それで、「魚は海の中では…」の終盤で、宮澤賢治の「春と修羅」の二、三集や「詩ノート」が、カフカと並べて触れられているところがあったので、「カフカ的練習帳」を読んで宮澤賢治の断片が浮かんだのは正解だったのだなとこっそり嬉しかった。
…書いてるうちに興奮してきちゃって文章が乱れているけど、もう直しようがないのでこのままup。