弁護士ラベンダー読書日記

札幌弁護士会所属・弁護士田端綾子の読書日記

佐藤留美「凄母 あのワーキングマザーが「折れない」理由」

amazonのレビューがやたら悪かったのでしばらく読むのを見送ってたことを読み終わってから思い返し、私もこれらのトンデモ人間の仲間なのに自覚がなかったなと。

こないだ人としゃべってて思い出したんだけど、私が出産前後にほとんど休業してない(出産前日に法廷に立ち、退院翌日に調停に出た)ことは前にも書いたけど、そもそも私は妊娠したことを依頼者に原則として言わなかったし、そして、何よりトンデモ感あるのが、期日ごとに会ってるような依頼者にも気付かれなかったんだよね! たとえば退院翌日の調停は、調停なもんだから依頼者は毎回同行してて、臨月を経て産後になって、それでも気付かれないで終わったのだ。

いちいち妊娠を言わなかったのは、もとから順調にいく限りは休業するつもりがなくて、それなのにいちいち言うと余計な心配を与えることになると思ってで(何かで迷惑かけるときはどうしても迷惑かけるしかなく、予告して心準備したからといってその迷惑が薄まるものではなくて、そのときの現実の迷惑に事前の心配が加算されるだけネガティブな影響の総量が増えるし、逆に何もなく済んだら単純に心配し損で終わるのだから、あらかじめ言うことの意味はないと判断した)、それでも普通はビジュアル的に気付かれるものだというのは後から考えれば思い当たるけど、当時は、言わないのに気付いた依頼者は1人もいなくて、なんかそのまま最後までいけてしまえたのだった。

厚着の冬だからとか身長が高いせいかそれほどハラが出なかったとか、事件の依頼者はそれだけ自分のことで精一杯で弁護士のハラなど見ていないとか、言ってもにわかに納得できないかもしれないけどウソじゃなくてほんとに。

こういう本って自分もトンデモ仲間だと思えばこそ「そのことよ」と嬉しく読めるけど、そうじゃなければ武勇伝自慢と嫌に思う反応で普通だと思う。でも、前にどっかでも書いたけど、嫌だなムカつくなと思いながら、それでもなにかがどこかで心に残って、いざ自分が試みを受けようというときに、かつてのムカつきがなんか謎の作用で自分のパワーに変わるって現象があるような気がしてます。

 

凄母(すごはは) あのワーキングマザーが「折れない」理由